自民党のリーダーは平衡感覚が命、右に左にゆらゆら、前進はせず

大宅壮一さんの「炎は流れる」を読み直している最中なので、思わず引用しちゃいました。

「今日の日本人にとって、民族としても、個人の場合でも、一番大切なものは、”平衡感覚”ともいうべきものだと私は考えている」(炎は流れる第3巻、昭和39年8月再版、文芸春秋新社)。「あとがき」から抜き出しました。奇しくも1964年の東京オリンピックの年に出版されました。

57年過ぎて2回目の東京オリンピックが閉幕してから一ヶ月あまり過ぎた9月29日、自民党総裁選で岸田文雄さんが新総裁に当選、近く第100代総理大臣に就任します。一言一句を捉えて人物評をする考えはありませんが、当選後の挨拶が「私が岸田文雄です」で始まったのには、つんのめりました。当選の挨拶など政治の世界、永田町に伝統的な流儀があるのでつい口癖のように使うのでしょうが、自民党議員と党員による身内の選挙で当選した人間の最初の一言が「私が岸田文雄です」はないでしょう。テレビの視聴者も見ればわかります。その後「新しい日本を」と繰り返されてもどうも気持ちが乗ってきません。

当選の力学などの解説は大手新聞社に任せ、ここでは政策を改めて検証します。前回の原稿で河野太郎さんの奇妙な年金議論を指摘しましたが、やはり辻褄の合わない年金改革が命取りになったという見方があります。岸田さんに比べて急きょ立候補した印象が確かに強いので、杜撰な論議を披露したのが痛かったようです。といって岸田さんが政策論で優っていたのかといえば、過去の政策の焼き直しの域から脱していません。

これまでの発言をもとに見てみます。岸田さんは「新しい日本型の資本主義を創る」と唱えています。これまでの政策は規制緩和・構造改革などの新自由主義を軸に進められ、「わが国経済の体質強化と成長をもたらしました」と評価する一方で、富める者と富まざる者、持てる者と持たざる者の分断も生んだと説明します。ただ、「成長のみ、規制緩和・構造改革のみでは現実の幸せには繋がっていきません」と続けられると、指摘した問題は自民党政権が繰り出した政策の欠陥の結果であって新自由主義に基づいた資本主義に責任を押し付けるのはさすがにかわいそうな気がします。新自由主義の問題点を議論するとシリーズ企画が必要になるのでここでは避けますが、いくら一般国民に是正すべき経済政策についてわかりやすく説明したいと考えたといえ、「成長と分配の両面が必要です。まさに成長なくして分配なしです。しかし、同時に、分配なくして消費・需要の盛り上がりはありません。分配なくして次の成長なしも大いなる真実です」と続けられるとかなりの人は理解に苦します。「新しい日本型資本主義構想会議(仮称)」を設置して、ポストコロナ時代の経済社会ビジョンを策定し、国民を幸福にする成長戦略と「令和版所得倍増のための分配施策」を進めたいと抱負を述べています。

資本主義に日本型とか米国型とか欧州型という違いがあるのですか?年金などを含めた福祉政策で日本型、スウェーデン型はあると思いますが、それは資本主義とかマルクス主義とか社会科学の世界とは一線を画す制度設計の議論から生まれる違いです。令和版所得倍増計画を貧富の格差是正の切り札かのように提案していましたが、まるで地元の広島選出の池田勇人首相も意識した人気取りの一手としか映りません。まして世界第3位の経済国である日本が所得倍増したら、きっとたいへんなインフレが起こり、黒田日銀総裁が天を仰ぎながら物価目標2%を繰り返している現状は吹っ飛びます。結果として2%以上の物価目標は軽く突破できるはずですが。エネルギー政策でも「小型原子力発電所」の建設を加えていました。これまでの原子力政策を考えたら加えざるを得ないでしょうが、現実問題として大型も小型も原発建設は無理です。こちらも違う機会に書きます。総裁選ですから政策提案に対する責任の重みについて吟味しても仕方がないのも自覚していますが、日本が抱える問題をしっかりと討議して煮詰めた政策とは思えません。過去の自民党政権が積み重ねた政策を完全否定せず、ちょっとバージョンを変えて焼き直しただけの印象しか持ちません。ここで浮き彫りになるのは結局は自民党と現実社会の遊離です。実行できるか、成果を得られるかどうかは二の次。選挙とはそんなもんと冷めてしまえば納得できますが、日本は民主主義社会です。寂しいです。

しかし、日本の未来は厳しいと考えざるえ得ません。地政学的な安全保障はさらに危機を増していきますし、世界に存在感を認めてもらう最大の力である経済力は二流国へまっしぐらです。目の前の現実をしっかりと見据えて未来に向けた政策を国民に示して総選挙を迎え、選挙後に実行して欲しいです。

もしも、岸田さんが総裁選に当選した背景に日本を変える、自民党を変えると言いながら、「誰よりも人の声に耳を傾ける」という岸田さんなら結局は諸変革に足踏みすると既存の派閥が承知しているとの理由があるなら、どうしようもないです。自民党内の右にも左にも(自民党に左がいるのかわかりませんが相対論ですから)処遇しやすい人物が決め手だとしたら、前任者の菅さんと同様にコロナ対策以外の諸政策は「やったふり」の短期政権になってしまうのでしょう。右へ左に揺れながら、常に変革に向けて動いているけれども前進はしない。ヤジロベエのような政権が誕生するだけです。しかし、ヤジロベエの足下、基点は日本の経済、福祉などがしっかりしていることが大前提です。基点が揺らいだら、まさに民主主義の危機を直面します。

 岸田さんは「多くの国民が政治に声が届かない、政治が信じられないといった切実な声を上げていた。私は、我が国の民主主義の危機にあると強い危機感を感じ、我が身を顧みず、誰よりも早く総裁選に立候補を表明した」と繰り返し発言しています。民主主義の危機をどう理解しているのか質問したいです。詳しく説明してくれれば、自ずと岸田首相が取り組むべき具体的な政策、資本主義と民主主義の危機への処方箋が明確になります。国民的議論も巻き起こすことができます。ご本人には失礼なことは承知していますが、座右の銘として掲げている「天衣無縫」を体現しているとは思えない岸田さんが座右の銘の如く改革を実行すれば名宰相として世界史に名を残すはずです。

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