
ホンダが消える65 今や日産のお株を奪う内紛と無能経営
ついこの前まで日産自動車が演じていた寸劇を再び観劇するとは思いもしませんでした。舞台上で仁王立ちしているのはホンダ。なんとか強気の姿勢を保っているのですが、息は荒く今にも倒れそう。日産と経営統合協議している間に日産のお家芸「内輪揉め」が感染したのでしょうか。応急処置を間違えば、取り返しがつかなくなる厄介な病です。主役が舞台で息絶える幕切れだけは避けてほしい。
舞台には三部社長と実力OB
ホンダの三部敏宏社長を表舞台から引き摺り下ろす内紛が起こっています。三部社長の前に立ちはだかったのは手強い相手でした。川本信彦元社長と雨宮高一元副社長。
川本氏は1990年から98年までホンダ社長を務め、バブル経済崩壊後に直面した経営危機を「天皇」「ヒトラー」と揶揄されながらも強い指導力で乗り切りました。ホンダ創業者の本田宗一郎氏からエンジン開発の神髄を叩き込まれ、ホンダF1(フォーミュラーワン)にも携わり、ホンダ魂を伝える実力者です。雨宮氏は海外事業部門が長く、日本国内よりも米国の収益に依存するホンダの経営を支え続けてきました。
いわば、技術と営業を背負った大先輩が顔をそろえて、三部社長に辞任を迫ったそうです。川本氏は過去にもホンダの経営が危うくなると、当時の社長と会い、今後の経営体制を相談したことがあります。三部社長に意見するだろうと予想していましたが、そんなに仲が良いと思えない雨宮氏と共に辞任を迫るぐらいですからホンダ社内の空気はかなり切羽詰まっていたのでしょう。
辞任要求の理由は説明不要でしょう。華々しくぶち上げだEV戦略の頓挫、これに伴う上場以来初の最終赤字。黒字化に苦戦する四輪事業を再建できず、高収益を稼ぐ二輪車に依存する経営構造の改革。さらに収益源の中国市場でシェアの急落。これだけ理由が並べば、OB実力者が無理難題を押し付けたとは思わないでしょう。三部社長は指名委員会の決定などを理由に続投を告げましたが、一波乱はありそうです。
社長の経営手腕に疑問は当然
ホンダ社内に不満が募るのも当然です。三部社長の経営手腕は2021年4月のEV宣言以来、首を傾げる経営決断が続いていました。2040年までに新車すべてをEVと燃料電池車に切り替えるとぶち上げるのはまだしも、残る10年以上もエンジン車を発売するのですから潔く脱エンジンを宣言することもありません。社長就任の勢いを借りたスタンドプレー、あるいは自己陶酔を感じました。
それは日産との経営統合協議も同じ高揚感を覚えました。誰が見ても成功するとは思えない経営統合を強引に押し進め、世界トップクラスの自動車メーカーへ飛翔する。経営統合の相乗効果よりも、内田社長ら経営陣が危うい日産と一緒になったら共倒れになるのは見えています。案の定、「日産はホンダの子会社になるわけにはいかない」と自らの経営危機を棚に上げて決別を伝えます。
不思議なのはそれでも三部社長が日産との提携に固執しました。三部社長の思い込みを誰も説得できない。経営陣が機能していない証拠です。
5年前、ホンダはまるで日産の後追うようだと指摘しましたが、残念ながら当たってしまいました。この5年間のホンダの中途半端な経営戦略がすべて物語っています。世間をあっと言わせる経営戦略を発表したものの、具体化する工程を明かしません。スローガンばかりが先走り、成果はどこに?。ホンダが創業以来築き上げた財産に安住せず、新たな未来を創造する挑戦を評価したいのですが、着実に前進できる歩みが見えなければ単に繰り言にしかすぎません。
経営再建を繰り返す日産を追う
わかりやすいのは2025年10月末に開催したジャパンンモビリティ・ショーの三部社長の発言でしょう。EV「ゼロシリーズ」を発表してぶち上げる一方で、エンジン車「プレリュード」の発売を説明するなかで「自分が乗りたかった車を開発した。社長が自ら運転する車ですから素晴らしい車」と強調した時、「なあんだ、本当はEVを好きじゃないんだ」と興醒めしたものです。
半年も経ない翌年3月にEV戦略の撤収を発表するのですから、ホンダの経営陣は何を議論しているのだろうと呆然するしかありませんでした。当然ですが、EV撤収はモビリティショーの時点で撤収をしていはずです。神経がどうかしているというか、ホンダの経営が正常に機能していないと誰もが考えるでしょう。
内紛と無能な経営。その結末は現在の日産を見ればわかります。まあ、最近の日産には笑顔が戻ってきましたから、ホンダもそう悲観することはないかも。

