
「満足できるかな」遠藤賢司の歌が聴こえる プルデンシャル生命、社員に月給30万円保証
思わず、遠藤賢司さんの「満足できるかな」の歌が聴こえてきました。
あ〜君は待ってたっけ 大きな刃のついたノコギリを持って
これ以上僕をきざもうっていう気かい
でもそれで満足できるかな
高校生の頃、人気を集めたフォークソングブームの中で遠藤さんは、とってもシュールな世界を歌い、際立った存在でした。声を絞り出して感情を思い切り込める吉田拓郎さんと違い、淡々と歌詞を繋ぎながらも日常生活に感じる重さを伝えます。大好きでした。
「満足できるかな」も冒頭の歌詞に続いて、「君はとってもうれしそうに僕の首を切る」とかなり残虐なシーンを面白おかしく歌い上げてしまいます。
不正を招いた成果主義を捨てる
「満足できるかな」が蘇ったわけは、プルデンシャル生命保険のおかげです。100人を超える営業員が顧客から39億円を詐取した信じ難い事件が発覚して以来、不正の温床とされた過度な成果主義を捨て去り、いかに組織を根本的に変革するかを模索してきました。答を見てびっくりしました。
月30万円程度の収入保証を導入するそうです。これまでの営業力は、個人の成績に給与が大きく左右されるフルコミッション(完全歩合)制度に支えられていましたが、完全歩合の事実上の撤廃は、営業のあり方を根本から変える試みです。
生活を維持する最低保証するから、本来の生命保険の使命に目覚めてほしい。生命保険会社の使命は顧客の人生に寄り添いながら、病気など万が一に備えて金銭的な準備を整える。これが基本です。切実な思いは理解できます。
生命保険の使命に立ち返る?
顧客の信頼を守るはずの社員が、あろうことか顧客から金銭をだまし取る行為は、保険の本質である「安心の提供」と真っ向から反するものです。失われた巨額の金銭と顧客の信頼を取り戻すには、単なる給与体系の変更にとどまらず、「生命保険とは何か」という原点に立ち返った組織風土の刷新が不可欠です。
「でも、満足できるのかな」。誰でも素朴な疑問を持ちませんか。最優秀の営業員は億円を超え、数千万円の年収を得ていた社員が多くいた会社です。落差があまりにも大きすぎて組織の活力は維持できるのでしょうか。
一生懸命に働いた成果は大きいほどうれしいものです。目の前のお金がどんどん積み上がれば、もっと欲しくなるのも人間の性なのでしょうか。だから、生命保険商品の売り上げを嘘も交えて積み上げてします。人間の強欲が「お前の衝動は間違っていない」と囁き、いつのまにか本来の使命感を忘れて法外な報酬に没頭しまうのでしょう。
強欲の企業DNAは消えるのか
だからこそ、30万円の月給保証に転換したのも過去の成功体験など忘れてしまえというショック療法なのでしょう。
でも、人間同様、企業にもDNAがあります。成果主義によって成長してきた組織風土は簡単に変わりません。脳が忘れなきゃと指令しても、体は知らず知らずに動いてしまいます。それでもNOというなら、組織から離脱するしかありません。
強欲に塗れてしまったら、もうどんなに金額を積まれても満足できなくなります。果たして人間の強欲は制御できるのか。
遠藤賢司さんの「満足できるかな」の次のフレーズで終わりです。
あ〜、君はとってもうれしそうだね。もうすぐ全部切れるからね
さあ頑張れよ、ほらもう少しだよ
頑張れよほ〜ら
あ、でも、それで満足できるかな?
でも、それで満足できるかな?
プルデンシャル生命保険の社員だけじゃないでしょう。会社は組織改革したつもりでも、組織の風土は何も変わらない。自分の努力が成果報酬に直結しないなら、首を切られた方がマシ。「満足できるかな?」と繰り返し口ずさむ人間は多いはずです。

