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HIROSHIMAと広島 マツダ、ディスコ、アンデルセン、村上農園・・独創力で世界を駆ける

Hiroshimaと広島 市電から2つの街が見える

上記の原稿からの続きです。

 そして「広島」。漢字の広島です。人口は100万人を超える政令指定都市。周辺には自動車メーカーのマツダを筆頭に製造業、食品、サービスなどの有力企業の本社が集まり、中国・四国地方の政治・経済の拠点です。

戦前は軍都で、産業が集積

 第二次世界大戦前は県南部の呉市に海軍の主要拠点があったため、広島市は海軍や陸軍の主要施設が集まる軍都でした。昭和20年8月6日に原子力爆弾が投下され、壊滅的な被害を受けます。75年間は草木も生えないと言われましたが、軍都に集積した産業、企業が残した財産が広島の復活を支えました。

 日本国内にとどまらず、世界へ飛翔する大企業を輩出したのです。マツダはもう説明は不要でしょう。砲身の砥石を祖業としたディスコは本社が呉市ですが、半導体製造に欠かせない最先端の研磨技術が評価され、日本でも頭抜けた高収益企業として注目を浴びています。「ユニクロ」のファーストリテイリングも実質的な創業地が広島市の商店街。

 中堅企業でもその独創性は際立っています。ふりかけ「ゆかり」を送り出した三島食品、広島風お好み焼きを全国ブランドにしたオタフクソース、「かいわれ大根」を開発した村上農園、装飾品のビーズで世界シェアを握るトーホー、精米機械トップのサタケなどなど。いずれも他社が追随できない技術力と商品開発力を持ち合わせています。

負けず魂の企業経営者ばかり

 負けじ魂も抜きん出ます。例えば村上農園。創業者の村上秋人さんは主力商品に育てた「かいわれ大根」が1996年に発生したO157食中毒の起因になったという誤認が広まり、壊滅状態に追い込まれました。5年以上過ぎた2001年にお会いした時でも当時の憤りが感じられた村上さんは、ブロッコリーの芽である「スプラウト」や「豆苗」をヒット商品に育て上げ、見事巻き返しました。いずれもスーパーなどの生鮮野菜の売り場にかならず並ぶ商品ばかりです。野菜を電機や自動車のように新製品開発する独創力は既存のビジネスの常識に縛られない「Disruptor」そのもの。

 広島で「Disruptor」「破壊者」といえば映画「仁義なき戦い」を思い起こすかもしれません。まるで映画を再現したかのような風景を目にしたことがあります。

 ある日、広島駅新幹線口前の広場や交差点がベンツで埋まり、交通が遮断された時がありました。渋滞の域を超え、広島駅前で箱いっぱいのベンツのおもちゃをひっくり返して山積みしたかのようでした。もちろん不法駐車。後で聞いたら有力組長の葬式があったそうです。広島県警は暴走族一掃で大きな成果をあげ、日本の警察の中でも取り締まりが厳しいことで知られていますが、あの時の警察はどう対応したのでしょうか。

「仁義なき戦い」の風景も目撃

 オフィスの近所で銃弾が撃ち込まれる事件もありました。敵対する組長の愛人が住むマンションの一室を狙ったそうです。だからなのでしょうか、ある夜、広島の繁華街で「人の盾」を見たことがあります。多くの組員が数メートルごとに一街区を囲むように並んでいたのです。軽く100人は超えていました。弾除けですか?「今夜はどこかの親分が来ている。あの通りは近寄れないよ」とタクシー運転手さんが真顔で注意してくれました。

 広島市で最も高級なクラブでは反社会の人物入店を拒否し続けたため、入り口ドアに嫌がらせで糞尿を巻かれたこともありました。経営者は絶対に屈しなかったそうです。そういえば映画「仁義なき戦い」を制作した東映の岡田茂社長は東京の広島県人会の会長を務めていました。広島県人は負けないのです。

 世界遺産の原爆ドーム、平和記念資料館、厳島神社など著名な建造物がありますが、私にとって広島の建物といえば、全国にベーカリーチェーンを展開するアンデルセンの本店ですね。2001年から2年間、新聞社の広島支局長として住んでいる間、「今夜はうまいものを食べてのんびりしよう」と思ったら、アンデルセン本店に向かったものでした。

 もともとは1925年に建てられた三井銀行広島支店。爆心地からわずか360メートルの距離に立っていたので、被爆で全損。アンデルセンの創業者である高木俊介さんが1967年に買い取り、被爆した壁を保存したまま、旗艦店のビルを建設しました。広島市の繁華街である本通り商店街にあり、石窯で焼くパン、生ハムなど総菜類はどれもおいしく、高級ワインは東京より3割以上も割安に買えました。ほんと、お得でした。

 なにしろチョコレートのカリスマで知られるフランス人のジャン・ポール・エバンがここなら信頼して自分のチョコレートを預けられると決めた店がアンデルセン本店と伊勢丹だけ。被爆の記憶を残しながら、「食卓に幸せを運ぶ」というアンデルセンの創業者魂に共鳴したからでしょう。

企業活動の原点は良心

 アンデルセン本店は2020年に建て替えられ、経営者も創業家から変わりました。アンデルセンの創業家の皆さんとは親しくさせていただきましたが、創業者の思いを忘れずに高品質なベーカリー、総菜を割安に提供することを最優先していました。創業家から離れて収益重視の経営に変わってしまうのでしょうか。アンデルセンの童話と夢の世界からちょっと遠ざかるようで寂しい。

 広島の市電は都心から枝分かれして住宅地に入り、窓から手を出せば建物に触れるぐらいギリギリの路地を走り抜けます。「広島」は間近にまだまだ感じられますが、海外から訪れるインバウンドの観光客の増加に伴い「HIROSHIMA」の存在感はどんどん大きくなっていきます。

 もし、「HIROSHIMA」と「広島」ともに流れる通奏低音があるとすれば、被爆の記憶を守りながら、しかも時代に流されずに、掲げた理念を追求するアンデルセン創業者の魂「企業活動の原点は良心」を守って街が新陳代謝して欲しいですね。

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