処理水放出の安全性と風評被害 世界の隅々に伝わる大胆な情報発信と救済策を

 世界の隅々に日本に対する信頼と安全性を伝えて欲しい。多くの国民がそう願っているはずです。東京電力福島第1原発事故に伴う処理水の海洋放出を巡る政府、電力会社の対応です。

 首相の視察は不要!?

 東日本大震災で立ち往生した原発政策を再び新増設に舵を切る決断を下したのは岸田文雄首相です。その政策推進の大前提となる原発処理水の海洋放出安全性の関する広報、保証、そして風評被害による補償を負うのは政府。当たり前です。放出は事実上決まっています。経済産業省などが演出する儀式をいくら重ねても、首相自らが「どんな難問が現れても解決する」という本気度を示さない限り、「放出ありきの手順を踏む過程」という疑われても仕方がありません。

 原稿の棒読みなんて、格好悪すぎます。官僚が下書きした原稿で首相の思いに感動するわけがない。東日本大震災以来、12年にかけて福島県など周辺の漁業関係者の皆さんが少しづつ積み上げてきた信頼と努力に対して失礼です。

 「こんな演出は不要」と思えたのが岸田首相の福島第1原発の視察。8月20日に原発処理水の海洋放出に向けた現場の体制を確認しました。「沖合1キロ先から放出します」といった東電の職員の説明を聞きながら、一つ一つうなずく様は首相自ら安全性を確認している姿を国民に示す演出でしょうが、海洋放出の方法は経産省はじめ専門家が固めた案です。首相はこれまでも何度もレクチャーを受けているはずです。この時点で「なるほど」と頷かれたら困ります。

 首相は処理水放出の時期について「安全性の確保や風評対策の取り組み状況を政府全体で確認し、判断する」と説明していますが、新聞やテレビは8月24日にも放出すると報じています。沖合放出の視察翌日の21日は全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長と会い、風評被害対策などを説明しました。

 毎日新聞によると、坂本会長は「全国の漁業者、後継者が子々孫々まで安心して漁業ができるように長期にわたり国の全責任で対策を講じ続けることを強く求める」と漁業者へのフォローアップや風評対策に関する予算措置を要望。岸田首相は「必要な予算措置について、たとえ今後数十年の長期にわたろうとも政府全体で責任を持って対応する」と話したそうです。この言葉の重みを信じたい。

東電の直轄チーム、遅すぎ

 東京電力に当事者意識があるのでしょうか。福島第1原発を視察した岸田文雄首相は、東京電力と意見交換しましたが、誰が見てもぎこちない儀式。首相は安全性の確保や風評対策の取り組みについて「会社を挙げて緊張感を持って万全を尽くすよう」求めましたが、東電が処理水放出に失敗したら会社の存続はありえません。もし緊張感を忘れていたら、東電の社員は路頭に迷います。首相にこんな言葉をかけられるなんて情けなくないですか。

 小早川智明社長が表明した社長直轄の組織立ち上げには正直、呆れました。経営陣が素早く情報を把握できるように原発や風評被害の対策、賠償などの部署を横断的にまとめると説明しますが、「今ようやくですか?」の思いしか浮かびません。

 すでに社内では結成されており、公式に認めただけであって建前上は処理水放出が決まるまで動けないという反論が聞こえてきそうですが、政府との手順に追われるよりも、漁業組合などとしっかり向きあうのが最優先事項です。「プロジェクトチームで対処します」と言われても、誰も「これで大丈夫」と受け止める人はいないでしょう。

 小早川社長が会社の存続に関わる課題と強調する通り、福島第1原発事故の対応を通じて信頼を回復しなければ、他の原発再稼働、新増設などは無理。もう後がないのですから。福島第1原発の廃炉問題を解決しない限り東電が企業として認められるわけがないことは自明の理、誰もがわかっています。

国内外で安全性論議をもっと高めて

 福島第一原発事故の処理水については国際原子力機関(IAEA)が7月にまとめた報告書で日本の放出計画を「国際的な安全基準に合致している」としています。処理水放出は、中国などが反対の声をあげているほか、日本国内でも水産業者らを中心に不安の声が多く、全魚連は放出中止を求めています。

 政府、電気事業連合会などはメディアを通じて処理水に対する安全性をPRしていますが、国内外の不安を取り除くまでには至っていません。もっとも、中国、韓国などの既存の原発が放出しているトリチウムの”汚染度”は福島第1原発の濃度、放出量をはるかに上回っています。「福島の海を汚染と言うなら、あなたの海岸は・・・」と言いたくなりますが、やはり今は科学的根拠を前提にどんどん日本政府が”論破”する時です。

模範回答はいらない

 岸田首相は「国際的にも科学的な知見に基づく冷静な対応が広がっていると認識している」と模範解答のような発言をしていますが、もっと踏み込んだ論議を交わして欲しい。福島第1原発の処理水放出を外交問題に発展させるのは奇妙なことですが、不当な理由で福島県などの輸出に影響を与えるなら、国際舞台でしっかり反論してほしいです。

 今後も本気で原発を推進するか。今回の処理水放出は大きな試金石です。過去、政府が繰り返した原発の安全神話は空証文だったと日本国民は知ってしまいました。過去の常識を捨て、より踏み込んだ表現、風評被害についても基金を設けるなど形式的なことではなく、政府として徹底して救済する方針を明確に打ち出すことです。処理水放出は世界から日本の原発政策に対する本気度を試されているのです。

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