サランコットの丘から眺めるペワ湖

ポカラ・サランコットの丘へ、村上春樹の「羊をめぐる冒険」ナマステ③

「誰が演奏しているの?」と聞いたら、名前の発音が難しくて正確に聞き取れません。カセットテープのケースを見せてくれて「カトマンズでも売っているから、探せばわかるよ」と教えてくれました。カトマンズに帰ってカセットテープを並べているお店というか建物の半地下にガラスケースを構えている人を見つけて「こんな感じの音楽ある?」と説明したら、教えてくれたカセットが目の前に現れました。「Andreas Vollenweider」でした。今も正確な発音ができませんが、日本語の表記はアンドレアス・フォーレンヴァイダーとなるようです。スイスの音楽家です。「桃源郷があったらポカラみたいな場所」と思ったこともあり、電子ハープが醸し出す宇宙観からは魂を浮遊させる自由を感じます。以来、彼のアルバムは揃え、時々この浮遊感を楽しんでいます。

サランコットの丘へ向かいます。

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村上春樹さんの小説の世界は、融通無碍に変貌する自由さが好きです。自分が生きていると思っている世界に”陰謀”めいたよくわからない力が入り込み、思いも寄らぬ世界に導かれて現実と仮想の空間を行ったり来たりします。

さっきまで当たり前と考えていた世界観がごちゃごちゃになり、本来自分が生活している世界が現実なのか仮想なのかわからなくなってしまう怖さ。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の読後感は、不完全燃焼でした。最終盤にようやく面白くなり読みが止まらず、結末は私なりに衝撃を覚えました。僕と「影」の二つの存在をどうしても納得できず、この終わり方をどう受け止めて良いのか戸惑いました。

フロイトやユングを読んで一人の人間の中にいくつもの人格があることを知ります。心理学の面白さと怖さを知りましたが、どこに人格差の境目があるのか、それが自分自身で意識でいないことが想像できない怖さに繋がります。村上春樹さんの小説はこの境目がどこにあるかを探すミステリーであり、それが次の小説を読みたいと思わせる魅力になっている気がします。

「羊をめぐる冒険」はドンピシャにハマりました。羊、あるいは羊男、このキャラクターが好きです。心理学者のユング が提唱したトリックスターのように物語を進めていきます。

羊のほかに北海道、アイヌが物語に加わります。北海道で育った私はどんどん引き込まれます。羊男はそろそろ登場するかなという時に現れて暗示を語り、訳知り顔に語ります。足踏みしていたストーリーが一気に進みます。

「世界の終わり」で頭の体操をしたおかげもあるかと思いますが、「羊をめぐる冒険」は羊をキーワードに読み手自身がストーリーを組み立てやすい作りになっていたのではないでしょうか。1ページ1ページをめくりながら、自分の予想と小説の物語のシンクロを楽しむ。物語の道中でいろいろなアクシデントが起こる。羊男の登場が待ち遠しい。

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スピーカー代わりの陶器の壺より銅製の壺を買う

サランコットの丘に向かう道中、繁華街を通りました。タクシーやバスが走っています。繁華街という表現が良いのか、それともマーケットという表現が良いのかわかりません。とにかくいろいろなモノを売っており、人出も多い地区です。カトマンズもそうですが、店先に品物を山積みにして販売しているところがほとんどです。

ペワ湖の湖畔で陶器製のスピーカーを目にしたせいか、銅製の壺に目がロックオンしていました。銅板を貼り付けて叩きながら壺状に成形しています。銅本来の綺麗な赤みを帯びた輝きが太陽の光で反射しています。日本に持って帰っても用途は浮かばないですし、銅製品は手入れが大変。買うかどうか迷います。高さ30センチぐらいの壺を買いました。理由は美しいから。そのまま飾って眺めているだけでポカラを思い出し、あのペワ湖が目に浮かぶのは間違いありません。

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